こんにちは、まぁです。
恋人と別れたり、家族と死別したりという別れは、大きなダメージを受ける出来事です。
もしうつ病を発症しているときに、大切な人との別れがあったら元々病気で苦しんでいるうえに、さらに大きな悲しみを背負うことになります。
僕はうつ病の状態が悪く、休職しているときに父親を亡くしました。
その経験をもとに、うつ病の時に大切な人をなくしたらどうなったかをお話しします。
混乱期
父が亡くなったとき、とにかく混乱しました。
元々正常な精神状態でないところに、残酷な事実が突きつけられます。
死期は近いだろうということは分かっていたことですが、受け入れがたい事実にどのように気持ちを落ち着ければいいのか分からなくなります。
パニック状態です。
僕は父の死期が近いということを知らされ、家族にもできるだけ会いに行ってやってほしいと言われていましたが、行こうとはしませんでした。
辛そうな父を見ることから逃げていたのです。
そして父が危篤という連絡を受け、病院に向かいましたが着いたときには父は息を引き取っていました。
拒絶期
混乱の後、次にやってくるのが拒絶です。
亡くなる前から逃げていたせいで、現実を直視することができずに、父の死を受け入れられない、または受け入れたくないという状況だったのだと思います。
もしかすると無意識に、父の死を受け入れないことで、感情のコントロールをしようとしていたのかもしれません。
僕は父の死後、家に帰り1人で部屋にこもりきりになり、葬儀にもなかなか出席しようとしませんでした。
後悔期
葬儀も終わり、少し周りも落ち着きを取り戻す頃、僕はひたすら後悔の日々を送るようになります。
まず1番の後悔は、父親に心配をかけさせてまま逝かせてしまったことです。
こういう時、「僕は大丈夫だからね、安心していいよ」と言えるのが普通だと考える僕にとって、真逆のことをしてしまったという後悔が消えませんでした。
その他にも、父の最期に間に合わなかったこと、入院中会いに行けなかったこと、父が期待していたような人間になれなかったこと、うつ病なんかになってしまったことなど、何もかもが取り返しのつかない罪を犯したと考えていました。
当然のことながら、うつ病の症状は悪くなり、希死念慮が出てきて自傷行為を繰り返すことになりました。
何より死んで、あの世で父に会ってお詫びが言いたい。それが当時の何よりの望みでした。
依存期
父の死後、数年が経っても後悔の念はなかなか消えませんでした。
しかし、後悔の感情を常に考えていては、精神状態が持ちません。
おそらく、僕の感情に防御本能が働いたのではないかと思うのですが、次にやってきたのは依存でした。
何か困ったとき、時間が空いたときは常に父との思い出にふけります。
誰でも別れた人を思い出すことはあると思いますが、その頻度が違います。
毎日、何度も何度も思い出すのです。
未来に向けて何かを考えるということは、まったくと言っていいほどありませんでした。
ひたすら過去を振り返り、心の中で父に話しかけていました。
困ったことがあると、父の墓に行きそこでまた問いかけていました。
これもまた、現実逃避だったのでしょう。
受容期
父の死後、10年が経過した頃ようやく父の死を受け入れられるようになりました。
それと時期を同じくして、うつ病も改善してきたので、どちらが先かは分かりませんが。
受け入れられるようになるまで、長い時間を必要としましたが、死を受け入れるということは忘れることなんだと気づきました。
すべて忘れるということではなく、日常からは外して心の中の引き出しにしまっておくという感じです。
心配かけさせたまま逝かせてしまったのかもしれないけど、今ではどこかで見守ってくれていると思えます。
そして、元気になり明るく前を向いて生きていくことが恩返しだと思っています。
10年以上に渡り何百回、何千回も言い続けた「ごめんね」から、やっと「ありがとう」と言えるようになりました。
まとめ
今回は、うつ病の時に大切な人をなくしたらどうなったかについて、お話ししました。
うつ病などの病気のときに、大きな別れは避けたいものですが、こればかりはどうしようもありません。
健康な人に比べると、大きなダメージを受けるのも事実です。
でも必ずそのダメージは回復され、次への糧となるということを、この記事を読んで感じていただければ幸いです。
最期までお読みいただき、ありがとうございました。